9.5
毎日髪を巻き
体に沿うスカートを履き
ピンヒールで社内を闊歩する
フロアにいる女性がほぼそういう人だった。
背筋を伸ばし歩く彼女達が異世界の住人に見えて
初めは怖気づいた。
311の地震の後は履き替え用のぺったんこの靴を机の下に常備していたけれど
皆社内ではせいの高い細いヒールの靴だった。
「プラダを着た悪魔」はデフォルメではなく実際の目の前の世界で
社内の朝の打ち合わせではぺったんこの靴を履いている人も
お客さんが来る5分前には慌ててパンプスに履き替える
そんな会社だった。
会社を辞めてからしばらくして
旅に出ようと思った時にスニーカーを持っていないことに気がついた。
渋谷のセンター街の幾つかの靴屋を回り試着した。
足が軽い。履いていないみたいだ。
ヒールの時は昼を過ぎるとコピー機に行くのにも足の裏が重たかったけれど
スニーカーならどこまでも歩ける。時間が許せば何駅でも行ける。
知らなかった。
9.5センチのパンプスで4時間立ちっぱなしだった事がある。
立食の席で色々な人と話しながら、ばれないように片足ずつ靴をぬいで足の甲を伸ばしていた。
スニーカーの底がへってきたなと思いながら
彼女たちの努力はすごいもんだったんだなと
今さらながら真剣に感心している。